移住体験記
〜第6話 武田 雅哉さん〜
移住体験記、第6話は、自称幽霊会員の武田 雅哉さんです。


私と北海道との関係

 初めに、私と北海道の関係についてふれてみたいと思います。私の父は帯広出身、母は小樽出身、そして高祖父は屯田兵として移住してきた人だと聞いています。開拓史の会のキャッチコピーにもある「100年遅れの屯田兵」ではなく本物の屯田兵の末裔なのです。しかし、父や母の時代は日本も高度成長時代といわれ若者が都会へと向かっていった頃で、私は物心が付いたときには浦和で暮らしていました。北海道といえば帯広に祖父がいて、札幌に叔母がいて、熊が住んでいるくらいの認識しかなったです。
 北海道との接し方が変わったのは、高校1年の夏休みを帯広の祖父の家で暮らしたときからです。その時が記憶にある北海道初体験だったのです。そこで北海道(十勝)の大自然に触れ、「地平線て本当にあるんだ」と感動したのを記憶しています。そしてその頃の時代のキーワードの一つにバイオテクノロジーと言うのがあり、多感な?高校生の私はあっという間に洗脳され、大学は農学部に行こうと思うようになりました。その後、勉強するより作る方が楽しそうだということで江別にある酪農学園大学に進学し、北海道生活の第一歩を踏み出したのでした。しかし、実際に農作業や酪農実習をやってみると結構大変で、学校の実習程度でこんなことを言っているようではだめだなと思ったのと、東京に比べれば刺激が少なく、何となくつまらない土地に思えてきて、卒業と同時に北海道での生活に別れを告げたのでした。

富田ファームラベンダー畑
北海道へのあこがれ

 東京では7年サラリーマン生活を送り、その間に結婚し、子供も産まれました。子育てをしていると東京という都会(正確には埼玉)がいかに不適切というか自然でないというのを感じました。子供がいないときは遊びに行くにもちょっとリッチに少し遠くへとか、多少込んでいようがそれなりに楽しむ方法も探せますが、子供が産まれるとそうはいきません。遠出は大変、どこへ行っても込んでる、自然はない。そんな生活をしているとだんだん余裕がなくなってきますね。それに通勤。などと日々考えるようになりました。妻も同じ大学でして、夫婦間の会話といえば北海道は良かった、楽しかったそればかりでした。そういう会話をすれば思いがさらに強くなり、毎朝電車の中で現実に引き戻され、ストレスが溜まるの悪循環に陥っていくのが分かりましたね。それに、子供の喘息、そして当時私が住んでいた所沢のダイオキシン問題(ニュースステーションでやる前から地元では問題になっていました)
 1996年9月、札幌の会社に転職が決まりました。札幌に行くと言ったときの親の反対は予想以上にきつく、それを振り切って行くまでがまた大変でした。いくら私の両親が北海道出身とはいえ、両親が暮らしていた頃の北海道は寒くて厳しい所というイメージあり、母は真顔で「あんな熊の出るところ」と言ってました。小樽のあたりは今でもたまに出るみたいですが。妻の両親にしても今は埼玉に住んでいるとはいえ、鹿児島出身ですからもう外国に行くのと大差ない状況でした。
 たぶん、皆さんが移住するにあたってもっとも心配するのは仕事と親ではないでしょうか。今でも親には悪い事したなと思っています。特に親のことはちゃんとしておかないといけないですね。だから、札幌に住んでしばらくすると、本当にこれで良かったのか結構悩みました。最後は家族のためと自分に言い聞かせ続けました。
 でも、冷静に考えてみると、30歳すぎて子供を抱えて見ず知らずの土地に移り住む勇気もなく、正直なところ北海道に住みたいというより東京を脱出したいというのが本音だったのかもしれません。北海道は学生時代に遊んで暮らした楽しい思いでしかなく、札幌に行けばそんな生活が再現できるような錯覚もあったでしょう。

洞爺湖サイロ展望台(噴火前)
札幌での生活

 札幌に来て3年半たちましたが、休日の過ごし方などライフスタイルは大きく変わりました。休みの度に今日は天気いいからどこ行こうかと言う具合に、その日の様子で決めてから出かけても全然問題ないと言うことです。
 ただし、仕事や付き合いを考えると北海道は厳しいですね。日本中景気が悪いと言ってしまえばそれまでですが。
 それとススキノ。ススキノと聞いただけでうれしくなる人もたくさんいますが、私のように全くお酒がダメだとね。ススキノ方面にはたまに行きます。付き合うメンバーにもよりますが東京にいた頃は電車が無くなるからと言えば帰れたというか、終電の時間には間に合うように帰るという暗黙の了解があったのですが、札幌にはないです。特に私のように地下鉄沿線に住んでいるとタクシーで帰っても2000円くらいだから帰してくれないし、帰るなんていえない。それ以前に誰も帰らない。いつまでもいつまでもダラダラと行くパターンが多いです。時間を気にしないくても良いという利点もありますが、いつまでもダラダラとはね。お酒の好きな人は地下鉄沿線には住まない方がいいですよ。つい、ダラダラと行ってしまいますから。ススキノのネオンの中にいないと落ち着かない人は良いですが。
 太田事務局長なんて自転車ですからね。


2000年6月 武田 雅哉さん
札幌市在住
e-mail: m-takeda@dgic.co.jp

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