移住体験記
〜第11話 牧原 雄太さん〜
移住体験記 第11話は、本州から札幌に転居し、その後十勝に道内移住した牧原 雄太さんです。

『日勝峠を超えるまで』 〜札幌から十勝に道内移住”でき”ました!〜

「とりあえずの札幌だった」

 本州から札幌に転居したものの、私にとっては、札幌はとりあえずの仮住いのつもりであった。北海道を何度も訪れているうちに北海道に住みたくなったというのは、この会では珍しいことではないだろうが、その殆んどの人は、最初から移住目的地や希望地に移住する人が多いのではないだろうか。私の場合はそこが他の人と少し違っていた。本当は十勝の帯広周辺か上川の旭川周辺が移住希望地だった。それで、本州にいた頃からその方面への移住をめざし、情報収集やら下見やらの活動をしていたが、自分のプロフィール等々からすれば、北海道の(札幌以外の)地方への移住は容易ではないことがだんだんと判ってきた。そこで、とりあえずは札幌に居住し、そこを基点として更に十勝か上川をめざすことにした。十勝や上川のIターン・Uターン関係の求人には私のプロフィールで応募できるものは殆んどなかったし、また、Iターン・Uターン対象の求人よりも地元の人を対象とした求人の方が圧倒的に件数が多いのだが、そういう地元の求人に応募する場合は、本州の住民として応募するよりも、道内の住民として応募する方が有利であろうと考えたからである。また、本州に居住しているよりも道内に居住している方が、道内での動きが取りやすいという理由もあった。
このトンネルを抜けると十勝へ
このトンネルを抜けると十勝へ

「めざすか、とどまるか、戻るか」

 しかし、自分の考えはかなり甘かったようだった。札幌の住民が道内の他地域の求人に応募しても、所詮は地元の人間ではない。求人の会社側にとってはどうもそこがひっかかるようだった。応募先から電話等でその点を聞かれることが何度もあったし、それゆえか、書類選考すら通らない状況が続いた。短期のアルバイト等によってどうにかしのいではいたが、定職につけない状況がいつまでも続くことは、先々のことを考えると決して好ましいことではない。昨今の雇用状勢を考えるとブランクが長すぎると再び定職につくことすら著しく困難になる。それゆえ、途中からはそういう現実を考え、十勝や上川にこだわらずに札幌の会社も何社か応募してみたが、結果はかんばしいものではなかった。そうこうしているうちに、札幌に転居してから3年以上の年月が過ぎていた。
十勝平野が見えてきた!
十勝平野が見えてきた!
 今後のことを考えれば、いろいろな意味で結論を出さなければならない時期になっていた。このまま札幌において別の手段や方法により、あくまでも十勝や上川への移住をめざすか、十勝や上川への移住はひとまずあきらめて、札幌で就職してここにとどまるか、それすらも困難であるならば、一旦本州へ戻るかである。最後の選択肢はいささか仰々しくも聞こえるが、北海道に移住をしたものの厳しい現実を前にして本州へ戻った人を何人も知っている。そして、私自身、本州へ戻ることも選択肢の一つとして検討をし始めていて、実際、その情報収集のために東京へも行っていた。やがて事態が好転して十勝への移住を果たすことにはなるのだが、その話が具体的に始まる時点では、まさにこういう状況だったのである。

「すべては、インターネットの求人情報から」

 十勝の帯広周辺か上川の旭川周辺での求人情報を探索する一つの手段として、厚生労働省の「ハローワークインターネットサービス」にある「求人情報検索」のコーナーをほぼ毎日のように見ていた。このコーナーでは、全国のハローワークに登録された求人情報を見ることが可能であるが、検索の方法として10の市町村を指定することが出来る。それで私は、帯広市・旭川市とその周辺の町を指定して検索していたのだが、ある時、十勝のある求人にふと目がとまり関心を持った。何度も十勝には行っているが、私の知っている会社が、私のキャリアを生かせるような職種の求人募集を出していたのである。札幌のハローワークに行き、その求人についてより詳しい内容を記した求人票を見せて頂いたが、申し分のないような内容であった。札幌の住民が他地域の求人に応募するのだから、例によって書類選考も通過しないのではないかという懸念もあったのだが、とにかく応募してみることにした。札幌のハローワークを通じて応募をすることも可能なのだが、その求人は広域募集(※1)ではなかったので、札幌のハローワークの紹介状よりも、その会社が求人を直接出している帯広のハローワークの紹介状の方が好ましいと判断し、翌日の早朝に帯広に向かうことにした。帯広のハローワークの紹介状に、はたしてどれほどの"価値"があるのかは判らないが、書類選考において、札幌のハローワークの紹介状よりは多少なりとも有利になればそれだけでもいいと思った。そして、応募書類を送ったあとは、いつものように運を天にまかせるだけだった。

 ※1 会社が求人を出したハローワークの市町村以外のハローワークにも求人情報 を出す募集

「面接への"招待"」

白鳥大橋そばの白鳥
白鳥大橋そばの白鳥

 ハローワークインターネットサービスの求人情報で見つけた、十勝の会社へ応募書類を送ってから数日後に携帯電話が鳴った。応募した会社からの電話であったが、履歴書や職務経歴書等の応募書類の記載内容について、より詳しく補足説明を求められた。以前に応募した会社でも何社かあったが、これは単なる補足説明による内容確認のための電話ではない。実質的には、正式な面接に進むまでの第一ステップとなる、いわば"電話面接"のようなものである。きちっとした回答をしなければならないことは言うまでもないが、応募書類には書ききれなかったことをアピールする機会でもある。実際、過去の応募で、この内容確認の電話があった際に、電話の向こうの人事の担当者(責任者であった可能性もある)の感触があまり良くないなと感じた時は、面接に呼ばれることはなかった。とにかく面接と同様に慎重に言葉を選び、質問への回答を通じて伝えたいことは明瞭簡潔にかつ的確に伝えた。ただ、この場でのアピールは賛否両論があるのだが、私としては、必要以上のアピールは逆効果と思ったので避けることにした。電話の向こうの人事の人の感触は、可もなく不可もなくといった感じだった。

 やがて、応募した会社から再び電話があった。札幌で面接をしたいということだった。どうやら、書類選考と"電話面接"による第一関門は突破できたようだった。これまで、札幌以外の求人に対して札幌から応募しても殆んどが書類選考も通過しなかった。応募書類の内容確認等で電話がかかってくることさえなく、ただ「書類選考で不採用」という内容の通知が郵送されてくるだけだった。今回応募した会社は、十勝の地元の求人に対して札幌から応募したにもかかわらず、門前払いすることなく応募書類を審査して頂き、面接に"招待"して頂いたというだけでも感謝したい気分になった。

「移住者が面接で越えなければばならない”壁”」

 さて、面接に臨むにあたって頭の中で整理しておかなければならないことがあった。面接で想定される質問はおよそ予想ができるのだが、これまでの何社かの面接では、自己紹介や職務経歴、前職の職務内容等々の一般的な質問以外に、私のような応募者のケースに対する、いわば"移住者特有の質問"があった。必ず聞かれるのは、「なぜ、前の会社をやめてまで北海道に移住したかったのか」、「北海道に来て何がしたいのか」という質問である。そして、この類の質問については、詳細にわたってまでかなり突っ込んで聞かれることが多かった。Uターン・Iターン対象の求人への応募の場合は、この類の質問は一応はあっても、突っ込んで詳細に聞かれることはあまりないという。地元の求人に道外からの移住者が応募した場合、おそらく会社の人にとっては(というより北海道の人にとっては)、移住者のこのあたりの心理はどうしても理解し難いことなのかもしれない。それ以外でも、道内での仕事を先に決めずに移住したことに対しては、「普通は先に仕事を決めてから移住すると思うが、仕事を決めずに退職して移住したのはなぜか」という質問がされることもあった。さらには、前職を退職した後の期間が長くなるにつれ、「前の会社を退職してから随分経ってるが、離職していた期間に何をしていたのか」という質問がされるようになった。 これらの質問に対して、面接官が納得できるような回答をしなければ、採用されることはないと思ってよいだろう。会社にしてみれば「よく判らない移住者を採用するよりも地元の人を採用した方が・・・・」ということになるのかもしれない。だからといって、採用された場合はお世話になる会社になるので、虚偽の回答をするわけにはいかない。ありのままについて理解して貰えるように整理してまとめるしかないのである。これは、採用に至るためには、面接において越えなければならない”壁”である。そしてそれは、これまでの面接では越えることが出来なかった"壁"でもある。そこで、今回の面接に臨むにあたっては、これらの質問への回答を、過去の面接での問答等も参考にしながら、自分の頭の中でよく整理しておくことにした。

「面接、そして採用へ」

 面接の日がやってきた。先に記した、あらかじめ想定される"移住者特有の質問"への回答は、とにかく自分なりに整理しておいた。最初に自己紹介、ついで職務経歴についての問答など一般的な質問と回答が続いたが、その後で、やはり"移住者特有の質問"がなされた。はたして相手に理解して貰えるような回答であったかは自信がなかったが、自分なりに整理しておいたことに基いて回答した。その質問をした面接官の方は、やはり納得しきれてないような感触だったが、それは仕方がないことである。面接の感触としては、何ともいえないような微妙なものだった。自分よりもアドバンテージの高い応募者が他にいれば、その人が採用されるのは当然だろうが、仮に自分と甲乙つけ難い応募者が他にいた場合でも、その人が地元の人であるならばその人が採用されるだろうと思えた。いずれにせよ、自分としてはやるだけのことはやったのだから、あとは運を天に任せるしかないと割り切ることにした。数日後、面接を受けた会社から電話があった。電話口からは「当社で働いてほしいと思います」という声が聞こえた。採用内定の電話である。翌日には採用条件等を記した書類が届いたが、申し分のないような内容だったので即刻電話で入社の意志を伝えた。

早春の帯広駅前通り
早春の帯広駅前通り
 札幌へ移住後の長かった再就職への道が終わりを告げ、そして、念願の十勝への移住の道が開かれた瞬間であった。しかし、喜んでばかりはいられない。札幌から十勝へ移転する段取りを早々に決めて、いつから出社できるかを会社に連絡しなければならない。入社の意志を伝えたその日のうちに、住んでる部屋の解約の申込と、引越業者数社への見積の依頼をした。これまで転職の経験がないために、転職にあたっての些細な不安も頭に浮かび始めていた。こうして、期待と不安を抱きつつ、十勝への移転の準備に執りかかった。

「移住者としての日勝峠越え」

 応募した十勝の会社への入社が決まった後、先ず引越日を決め、それに合わせて居室の解約手続や処々の転居のための手続きも一通り終えた。入社する会社へ連絡して初出勤の日も決まった。あとはいよいよ十勝の住民になるべく転居するだけである。そして引越日がやって来た。引越業者のトラックを送り出した後、札幌での最後の諸手続を終えて私自身も自家用車を運転して十勝へと出発した。「石勝樹海道路」と呼ばれている国道274号線を東へ東へと進み、その日の夕闇が下りた頃に十勝へと通じる日勝峠に差しかかった。この峠はこれまでも十勝へ行く際には何度も越えた峠である。しかし、今回の峠越えは、自分にとってはこれまでとはあきらかに違う意味を持っていた。これまでのように十勝への「旅行者」として峠を越えるのではない。今回は、まさに十勝の「居住者」となるために峠を越えるのである。そのことを思うと何だか感慨深いものがあった。北海道へ、いや札幌へ移住してからこの日を迎えるまでには紆余曲折があり、かれこれ3年以上の年月が過ぎていた。カーブを繰り返して峠を十勝側へと下りて行きながら、これまでにあった様々なことが走馬灯のように頭をよぎっていった。そして峠を越えて十勝の清水町に下りた時は、「とうとう十勝の住民になるんだ」という思いがこみ上げきて、少々オーバーだが、何だか感慨深い気分に浸っていた。

「○○年ぶりの新入社員」

 いよいよ初出勤の日が来た。「新しい職場の人はどんな人達だろうか。上手く溶け込めるだろうか。」「新しい仕事は未経験の分野も含まれるのだが、難易度はどの程度だろうか。」「採用にあたって会社が求めるレベルで仕事がこなせるだろうか。」等々の様々な思いが頭をよぎっていた。また、新しい職場の方々は、私のことについて「入社して来るのはどんな人間だろうか」というような関心を持っているだろうと思えたし、新卒ではなく中途採用であれば自分よりも年少者の方もいるだろうから、そういう方々にとっては大なり小なりやりにくいだろうなと思えた。自分も以前に勤務していた会社で、既存の従業員の立場で同様のことがあったので、そういうことはおおかた予想できた。そこで、新しい職場の方々には節度を持って接するのは当然だが、逆の立場に立った時のことを考えて接しようと考えていた。また、本州からの移住者で、しかも、前の会社を退職してまで北海道に来た人間ということで、他の職場も含めて会社の人達からは多少なりとも奇異な目で見られることも予想できたが、そういったことは気にしないで受け流せるような、大きな心で臨もうと考えていた。さしあたって、この2つのことを自分自身の鉄則として新たな会社へと向かった。
初夏の帯広市緑ヶ丘公園の並木道
初夏の帯広市緑ヶ丘公園の並木道
 幸い、新しい職場の上司や同僚の方々はいたっていい人ばかりであった。また、移住者の中途採用者がこれまで何人もいた会社のようで、そのためか、とくに奇異な目で見られるということもなく、その点は取り越し苦労に過ぎなかった。その後数ヶ月経ったが、新しい仕事と職場にも慣れて滞りなく仕事をこなし、自分の職場も含めて会社の人達の間に上手く溶け込めた(と自分では思っている)自分の姿があった。 「北海道の人は、本州以南に比べれば、他所から来る人に対して寛容で暖かく迎え入 れてくれる」という言葉をよく耳にするが、少なくとも私の再就職した会社の場合は、本当にそうだったと思っている。最終的には、幸運に恵まれたということに尽きるのだが、この会社に入社して、そして十勝に移住できて本当に良かったと思っている。

「移住が先か、就職が先か」

 「先に仕事を決めてから移住をした方がいいのか、それとも、先ず移住をしてから現地で仕事を探した方がいいのか」、これは、移住する前に仕事が決まったという一部の幸運な人を除けば、北海道に移住を考えて活動を始める人にとっては、おそらくは必ず考えることになる問題である。そこで、最後にこの問題について、私自身の経験を基に思ったことを語ってみたい。私の場合は「先ず移住をしてから現地で仕事を探した」わけだが、定職に就くまでに3年以上もかかったことを鑑みれば、この選択はあきらかに失敗だったというよりも無謀だっと思っている。

 雇用の身分(社員かアルバイトか)や雇用条件等で仕事を選ばず、職種を自分の職務経歴等にこだわらなければ、たとえ不況とは言え仕事はいくらでもある。また、札幌ならば、身分や条件、職種等に多少は拘ったとしても、高望みをしない限りは、自分の希望条件にある程度合致した求人の件数は結構ある。しかし、職種にもよるだろうが、求人数の何十倍もの求職者がいるため、競争率はかなり高い。年齢が高い人でも、定職に就きたくても就けなくてやむなく何年もフリーターをやってるような人が札幌には何人もいる。地元の人であってもこれが現状である。ましてや、会社サイドから見れば「良く判らない移住者」と思われるハンディがあれば、状況はいっそう厳しいと言えるだろう。バブルの頃にには「先ず移住をしてから現地で仕事を探す」という方法でも仕事はすぐに決まったらしいが、現在の雇用情勢を考えれば、やはり「先に仕事を決めてから移住をする」というのが王道であり安全策だと思う。

 むろん、特別な技術や資格を持ってる人はこの限りではないだろう。しかし、その場合でも、現地での求人状況を調べる際には、ただ当該職種の求人内容や求人件数だけを調べるのではなく、それらの求人には何人位の応募者がいるのかということも調べるべきだと思う。現地のハローワークに自己の条件に合致した求人があれば、その管轄のハローワークに問い合わせると、たいていはその時点での応募者数も教えて貰える。そういうことだけでも、当該職種への求職者のおよその状況や競争率を知る手段にはなると思う。究極的な結論としては、つきなみだが、やはりケースバイケースで、その人の年齢、職務経歴、持ってる技術や資格と、探している職種や条件によるだろう。しかし、「移住が先か、就職が先か」の結論を出す際には、希望する求人に対する求職者数や競争率等についても充分な調査を行ない、後々に悔いを残さない結論を出すべきであると思う。


2006年11月 牧原 雄太さん
新得町 在住

『北の暮らし』メインページに戻る