退任のご挨拶

 私は今年90歳になりました。90歳のお祝いを卒寿といいますね。そこで理事長を退任させてください。九十をつづめれば卒業の卒の略字だから卒寿と、ちょっとしゃれた言い方ですが、同時に、人生の大きな区切りを示しているように思います。

 この90年の人生を振り返ってみると、人生の大半を北海道のお世話になりました。私は、道産子ではありません。中国の大連で生まれ、大学卒業後拓銀に入り、1957年、京都生まれの新婚の妻とともに北海道に渡ってきました。

 その年の4月半ば、北海道の赴任地は道央の滝川。周囲の山々や野畑にはまだ、雪が深く積もっていました。最初の買い物はストーブと長靴。滝川の人々はこの無知の余所者の夫婦に極めて温かく接してくれました。ストーブの炊き方から、屋根の雪下ろしまで、見知らぬ流れ者に手を取って教えてくれました。この親身も及ばぬ温情を今もって忘れることはできません。その後いろいろなところに住みましたが、今もってたまらなく好きなのは北海道。北海道の悪口を耳にすると無性に腹が立つ。北海道がほめられると涙が止まらないほどうれしい。この北海道好きの症状は、私どもだけがかかる病ではないらしいのです。1980年代の札幌市民意識調査によると、最初は嫌がっていた移住者が、札幌に住んで3年経つと半分が「一生住みたい」と言い出す。10年経つと8割がそうなる。

 それは40年前の話だろうという方がおられると思いますが、最近のダイヤモンド社の全国から3万人以上の有効回答を得ている都道府県魅力度ランキングによれば、わが北海道の魅力度は12年連続で断然トップを占めています。2020年の5位までの評価点数は、北海道60.8、京都49.9、沖縄44.1、東京36.4、神奈川34.7と北海道がずば抜けています。つまり、北海道が好きなのは、北海道人だけではない。日本人の多くが一番好きな県が北海道なのです。

 好きだけじゃしようがない。実際に「住む」という行動に移っているのか。実は、今回のコロナショックは、これまでの東京一極集中にゆさぶりをかけています。2020年の上記ランキングで前年3位だった東京都はコロナによってこれまで4位だった沖縄にグイと抜かれて4位に転落しました、

 また、総務省の21大都市人口移動は、コロナが明確になった昨年7月以降、最新の今年2月調査まで8か月連続して東京都区部の人口転出が転入を下回る社会減に転落しています。つまり、戦後一貫して続いていた東京一極集中が変わり始めているのです。会社や学校に毎日行く必要はない。オンラインで結構というなら、コストもリスクも高い東京に住む必要は全くない。豊かな自然の中で家族や友人と心豊かな人生を送りたいというのは当然のことでしょう。

 実際に、コロナ後の日本人の生活がどうなるかはわかりません。しかし、時代が大きく変わり始めていることの予兆をひしひしと感じます。そうならば、90歳の老人がいつまでもトップにいることは好ましくない。新しい時代に相応しい有能な理事長のもと若いスタッフにお任せすべきでしょう。退任はしますが、逃げるつもりはありません。いつでもお手伝いしますので、どうぞ後ろに回ることをお許しください。
令和3年6月11日

NPO法人 私設 北海道開拓使の会
 顧問・名誉会長 (元理事長)

 石 黒 直 文